ロゴマーク 神戸・住吉/茶屋区だんじり
HOME 本住吉神社 茶屋区だんじり 各地区だんじり だんじり豆知識 上地車共有掲示板 リンク
 
茶屋区のだんじり
住吉のだんじり

地車の歴史は、慶応三年(1867年)に「地車曳き出し・宮入」と本住吉神社の記録に記してあります。
現在、住吉町においては九地区あり地車を保有しているのは、西区(宮本)・茶屋区・吉田区・空区・山田区・住之江区・呉田区の七地区が保有し祭礼に参加しています。

茶屋区だんじりの歴史
茶屋地区のだんじりについては江戸時代から宮入をしており、明治39年頃行われた楠公祭にも参加しています。
しかし、明治40年に村役場からだんじりの曳き出しを禁じられると、だんじりを売却しました。
大正時代の末に禁止が解かれると、昭和3年に中島畳店よりだんじりを購入し祭りに曳き出しました、しかしこのだんじりは、ろうそくの火により焼失し、10年足らずの短命に終わりました。昭和12年頃、再びだんじりを中島畳店より購入。しかし2・3年曳いた後、戦争の為に祭りは中断、昭和20年の空襲の際、会館横の小屋でだんじりは焼失してしまいました。しかし飾り幕は別の場所に保管されていた為、無事で現存しております。
戦後は御影のだんじりを借りて曳いたり、だんじりの代わりに樽御輿を担いだりしていましたが、昭和40年代後半頃から地区住民より協議会に対しだんじり購入の強い要望が起こり、昭和54年12月に大阪天王寺区の五条宮より購入、大石己代吉の流れを汲む地元堂宮大工 南野孝志師の手により神戸型に改修され、昭和55年度より本住吉神社の祭礼に参加しております。
この大改修の際に、天保九年(1838)戍霜月十五日の作で、大工棟梁 吹田六地蔵の茂右ェ門、 彫師 初代小松源蔵という、164年の永き年輪を経た貴重な文化財であり、摂可泉に現存する最古の だんじりのひとつであることが判明しました。
その後だんじりは、祭礼はもとより、奉祝、慶祝、神戸まつりのパレードにも参加し、地域住民のコミュニケーションを図る場としても重要な役割を果たしております。
平成11年度の本祭りを最後に再び大改修に入り、旧彫刻類をできる限り再使用し、新たに酒井宏氏による彫刻を加え、大工棟梁 平間利夫氏の手により一回り大きくなっただんじりとして、平成12年度から新たな姿で祭礼行事に参加しています。
茶屋区だんじりの詳細
型 式 神戸型幕式
制作年代 平成12年  改修前:天保九年(1838)
大工棟梁 平間利夫 神戸、東灘のだんじりの多くをを手がけている。 改修前:吹田六地蔵の茂右ェ門
彫り師 小松源蔵 改化三年(1846年)発刊の「大阪商工銘家集」に、本町通北御堂南門前、社堂御彫刻師、小松源蔵とある。
小松源蔵の作品は早くは文化四年、「大道」(科長町)がある。これは現存地車中で最古の年号であり、地車彫刻最古の彫師名が確認できる地車である。仙人群像が見事に彫り込まれている。江戸末期迄活躍。
酒井 宏 「井波彫刻」伝統工芸士
・井波彫刻共同組合員
・社団法人 亜細亜美術交友会員
・富山県 伝統工芸士会 理事
酒井秀哲

一級木彫刻士
・酒井宏氏のご子息で、茶屋区だんじりの鬼板は酒井秀哲氏の手による
 ものである。

飾り幕 合田武史
   (株)合田呉服店
金糸立体刺繍工芸
 ・飾り幕:阿吽の龍
 ・見送り幕:神功皇后、征伐の帰りに住吉大神に宝珠を捧ぐ
錺金具 竹内雅泉/竹内博是
   竹内錺金具店
「うっとり彫り」と呼ばれる立体感のある手法の金具。
・平成11年秋 黄綬褒章受賞
・平成9年 現代の名工 労働大臣卓越技能賞
・平成8年 兵庫県技能顕功賞
太 鼓 2尺2寸(66cm) 平成2年、太鼓正にて張替え ・ 平成19年5月、太鼓正にて張替え
全 高 約3.8m 地面より鳥衾(とりぶすま)先端まで
全 巾 約2.9m 男屋根の幅(棒鼻は含まず)
全 長 約5.7m  
重 量 約4t  
使用材料 ケヤキ・黒檀
Copyright
Up Home